農作業の効果(その1)
“農作業”でうつから社会復帰 院卒→IT企業31歳男性の場合〈週刊朝日〉
dot. 10月22日(木)16時8分配信
土や風、作物や虫に触れると…(※イメージ)
今年6月の平日昼間。神奈川県藤沢市の田園地帯にある畑に、10人近くの男女が集まっていた。金髪、黒髪、白髪交じりから角刈りまで、雰囲気や年齢層はさまざまだ。彼らは「NPO法人農スクール」に通う生徒たちで、3カ月間、ここで農作業を習ってきたのだ。この日は少し雨が降っていたが、一際明るい表情を浮かべる男性がいた。ゆきおさん(仮名・31歳)だ。 「今日は最終日で、野菜を採り終えたらバーベキューをするんです」 ゆきおさんは長靴で畑に入り、雑草の合間から細かいギザギザとした葉を選び、えいっと引き抜いた。すると橙色の人参がひょっこり姿を現した。 「小さいけど、いい色」 服に泥がはねるのも気にせず、野菜を採り続ける。ゆきおさんは3月にスクールに入ったが、それまでの8カ月ぐらいは、自宅に引きこもっていたのだという。一時は人に会うこともできなかった。 「大学院を卒業してIT企業に勤めていたんですが、ストレスでだんだん行くことができなくなって……」 きっかけは、上司から理不尽に注意されたことだ。 「仕事の効率の悪さを自分だけのせいにされて。それを受け流せず、うつになってしまったんです」 頭痛がひどくなり、ストレスから過食して10キロも太り、意欲がなくなった。心療内科に通って薬も服用したが、結局、昨年7月に退職した。これからどうしよう……悶々とする中、ゆきおさんはたまたま雑誌で、うつには農作業がいいという一文を見かけた。 「そういえば、子供のころに土いじりが好きだったなと思い出して、農作業ができる場を探したんです」 毎回の作業は2時間。耕して畝を作り、種や苗を植えて水をやっては、雑草を抜く。芽やつるが伸びて、実がなると「わくわく」した。汗をかくうちにダイエットへの意欲もわき、農作業と並行して筋トレや散歩や食事の見直しをし、適正体重に戻ったという。 「野菜が育つのと同時に、自分が変わるのもはっきりわかったんです」 この日は、ゆきおさんの両親がバーベキューに招待されていたのだが、「楽しそうだな」「明るくなったわね」と息子の姿に少し驚いた様子だった。ゆきおさんは土を触るうちに人に会うのが苦でなくなり、8月には事務系の派遣会社の試験を受けて見事パスし、9月から社会復帰した。 農スクールの主宰者で野菜作りを教える小島希世子さんによれば、こうした変化は珍しくないという。 「土や風、作物や虫に触れると浮世を忘れた感じでリラックスできる。体を使って健康になるし、自分に向き合うことができるのです」 このスクールでは作業後にその日の感想を皆の前で話し、さらにワークシートに農作業で気付いたことやよかった点などを記録して小島さんに提出する。その内容から状態や変化を把握することができるそうだ。 65歳の男性は、川崎市の高齢者支援団体、NPOふれんでぃが経営する施設から通う、生活保護受給者だ。ナスを採りながら、男性がぼそっと話してくれた。 「数年前に職を失い、離婚して家もなくなった。自分がいけないんだけど、土を触ってるとぜんぶ忘れられるんだ」 もともとこの農スクールは、“働きたいのに働けない人を、働き手のない農業につなぐ”という小島さんの就農への思いから出発している。 「2008年に家庭菜園塾を作り、模索してきました。今は高齢者支援やニート支援のNPOと提携し、畑作業を経て社会に戻る人も出てきました」(小島さん) 08年以来、農スクールを卒業した人は男女合わせて約60人。20人が就職し、うち5人が農業関係に勤め、野菜などを作り続けている。 「ニートだった男性が農園に勤め、ふらっと私の元に来たんです。それだけでも嬉しいけど、自分で稼いだお金でうちの畑の野菜を買っていってくれました」(同) 思いがしっかりつながったのだ。 園芸や農作業が人の福祉や健康などにもたらす効果の調査研究をする日本園芸福祉普及協会の事務局長・粕谷芳則さんは、こう話す。 「農・園芸は多彩な作業と知恵を必要とします。百姓という言葉も、もともと百の職という意味ですし、ありとあらゆる役割がそこにはあるわけです」 力仕事から細かな作業まで、どんな人も能力を発揮できる懐の深さが農にはあり、努力が実ることで自信を得たり意欲を持てるようになると粕谷さんは言う。 「海外では農・園芸作業により血圧や脈拍が下がったという報告があり、機能回復や精神安定の面で昔から注目されてきました」 アメリカではベトナム戦争後、心身が傷ついた兵士を癒やすために、緑色の植物を使った療法が脚光を浴びたという。これは血の赤と反対色(補色)の緑を見せることで、凄惨な残像を忘れさせようという試みだった。 「植物そのものに興味を持たせるようにした療法もあり、枕元に豆の種を置いて、背中を痛めた人が豆の成長を見たくて寝返りを打てるようになったという例があります」(粕谷さん) ※週刊朝日 2015年10月30日号より抜粋
【関連記事】
抗うつ薬「8割の患者に無意味」? それでも処方される理由 〈AERA〉
10代のうつ「かろうじて◯◯を乗り越えた子」は危うい? 〈AERA〉
腰痛に抗うつ薬? その意外な理由とは 〈週刊朝日〉
10代にも増えるうつ病 その「サイン」 〈AERA〉
社会復帰 、 神奈川県 、 NPO法人 を調べる
最終更新:10月22日(木)16時16分
なお、上記記事は、Yahoo News からの抜粋です。